有意差が出なくてもOK!?イバブラジンの謎-後編-

【この記事は、2019年12月9日にUPしました。】


朝比奈先生
わたしもイバブラジン(コララン®)について色々調べてきたから、その使い方なんかもいくつかお話できると思うわ。

吉永さん
よろしくお願いします。

朝比奈先生
もう少し、このJ-SHIFT試験の患者像を把握してみましょう。

吉永さん
えーと、Table.1を見ればいいんですね。

朝比奈先生
それはそうなんだけど・・・。

朝比奈先生
ほら、エスモロールのときにやった”おあそび”

Table.1に書かれていない情報も推測してみましょう。


池田くん
論文のデータをもとに、自分でウラの情報を計算して推察するっていう方法ですね。

朝比奈先生
まず、このJ-SHIFTの症例はBMI25の60歳代の男性がほとんどのようね。

吉永さん
はい。

朝比奈先生
BMIと身長がわかれば、逆算して体重を求められるハズよね。

ここで、本邦での平均身長を引用してみましょうか。


池田くん
えーと、厚労省のデータだと、60歳代の平均身長は168cmみたいです。

吉永さん
逆算すると、体重は70kg前後になりますね。

朝比奈先生
身長と体重がわかれば、今度は体表面積をみちびきだせるわ。

吉永さん
はい。
体表面積BSA≒1.75くらい・・・ですね。

朝比奈先生
ここで、Figure.5Bを見てみましょう。

池田くん
さっき話題になった、エコー指標のグラフですね。

朝比奈先生
実は、ここに試験開始時のEDVIが記されているわ。

吉永さん
あ、ホントだ。
ちょうどEDVI100ml/m2なんですね。

池田くん
そうすると、さっきのBSAを使ってまた逆算すると、EDVは・・・175mlくらいってことになりますね。

朝比奈先生
そう。
ここで、簡易的なPombo法を用いて左室拡張期径Ddを推測してみましょう。

吉永さん
Pombo法?

朝比奈先生
簡便なエコー式よ。
“Ddの3乗≒EDV”っていうの。

池田くん
へー!!

朝比奈先生
心エコーで四腔像でのトレースに自信がないとき、長軸で測ったDdを3乗してみれば、自分のトレースに大幅な誤差があるかどうか見当がつくのよ。

吉永さん
そんな方法、知りませんでしたっ。

朝比奈先生
もちろん、asynergy・・・つまり壁運動異常があれば修飾が大きくなるから、値の解釈には注意しないとならないわよ。

朝比奈先生
このJ-SHIFTは非虚血性が過半数を占めているから、Pombo法を適用させてみましょう。

吉永さん
はい。
えーと、EDV 175mlということは、Ddになおすと・・・5.6cmくらいってことですね。

朝比奈先生
そのとおりよ、吉永さん。
この「5.6cm」という数字は、今後も奇妙な縁として出てくるから覚えておいてね。

吉永さん
??
はい?

朝比奈先生
ここまでの情報をまとめてみましょう。
Dd5.6cm程度で、EF27%、かつNYHAⅡ°で、β遮断薬が導入済み・・・。

これが、J-SHIFTの患者像よ。


池田くん
低心機能で油断はできませんが・・・

吉永さん
わりと元気に外来を通院されていそうですね。

朝比奈先生
そう。
そして試験期間も1年間だけ。

朝比奈先生
前回、池田くんが言ったとおり、この短期間で生命予後に関わるものといったら、心不全死よりも突発的な不整脈死なんじゃないかしら?

吉永さん
ということは、コララン®・・・えーと、イバブラジンの使用に当たっては、β遮断薬のような抗不整脈作用は期待しがたい、というイミでしょうか?

朝比奈先生
極論からすると、そうなるわね。

朝比奈先生
できればNYHAⅢ°以上の群だとどうなのかが知りたいところだけど、症例検討数が各127例程度のn数だと、サブ解析もままならないでしょうね。

池田くん
けっきょくのところ、朝比奈先生のおっしゃる”不可解”なまま、ハナシのお茶を濁すしかないのかもしれませんね。

吉永さん
すくなくとも、ここまでのハナシの流れからすると、イバブラジンはβ遮断薬の代替にはなりえないってことですかね?

朝比奈先生
そこまで言い切ってしまうののもイバブラジン(コララン®)がかわいそうな気はするけど・・・。

でも、インパクトのあるエビデンスに欠けるのも事実なのよね・・・。


朝比奈先生
そもそも、β遮断薬による予後改善効果ってなんだったのか・・・、論点をそこから見直すべきだと思うの。

朝比奈先生
ちょうど、1999年のCIBISⅡ試験あたりがβ遮断薬の試験として有名どころじゃないかしら。

吉永さん
すみません、CIBISⅡって、名前くらいしかフォローできていないです・・・。

朝比奈先生
CIBISⅡの概要だけ説明すると、ビソプロロールによる心不全の死亡リスク軽減をみた試験なの。
平均年齢61歳で、LVEF35%以下を対象としている点はSHIFTやJ-SHIFT試験と同様ね。

でも、CIBISⅡはNYHAⅢ°-Ⅳ°が主体。
つまり、もっと心不全ステージが進行した症例が対象なの。


朝比奈先生
そのあと、矢継ぎ早に同様の試験群が追従していって、2009年のMcAlisterによるメタ解析に至って、「β遮断薬で心拍数を5bpm下げれば死亡リスクが18%低下する」とまで結論づけられたのよ。

池田くん
「10年ごとに心不全治療のパラダイムシフトが起きる」なんて聞きますけど、90年代から0’年代は、β遮断薬の時代だったんですね。

朝比奈先生
“なんでβ遮断薬が慢性心不全に効果があるのか”

それって、テーマにするだけでも一冊の本が出来上がるくらい複雑なんだけど、ざっくり言えば
慢性心不全状態に陥ると、交感神経や神経体液性因子、サイトカインの賦活化によって心筋酸素需要量が増したり頻脈になったりして、ますます心臓に負荷がかかってしまう
ということなの。
β遮断薬は、こうした根本的な内因性障害を直接抑制して効果を発揮するとされているわ。


吉永さん
ということは、慢性心不全でみられる頻脈っていうのは、内因性障害が表在化した一所見に過ぎないってことですか?

朝比奈先生
そうね。心不全と頻脈の関係性を考えた場合、
primaryに頻脈のせいで心不全に陥る病態もあるけど、たいていは心不全のせいで頻脈、というパターンの方が多いかしら。

朝比奈先生
もっとも、β遮断薬で徐拍化した群の予後が改善する理由が、
「徐拍化するくらいしっかりβ遮断薬が身体に染みて効いているから」なのか、
「徐拍化そのものによる心筋酸素消費量低下が寄与しているから」なのか、議論の絶えないところなんだけど。

吉永さん
イバブラジン(コララン®)は、後者の仮説を前提にして使用される薬剤なんですね。

池田くん
でも、SHIFT試験やJ-SHIFT試験で、
対症療法的に徐拍化”だけ”してみせても全体の心血管死リスクの低下にはつながらなかったんですよね(心不全死は除いて)。

池田くん
ということは、見た目の心拍数にこだわりすぎると、なにか落とし穴にはまるような気がします。

池田くん
心不全って、もっと色んな要素が絡みあった病態だと思うんです。
なのに、画一的に「脈だけ落とせばOK」というハナシにもちこむこと自体にムリがあるんじゃないでしょうか。

朝比奈先生
J-SHIFT試験でのレニン・アンジオテンシン系阻害薬の導入率が70%程度、とやや低めであるにも関わらず、死亡リスクに差が生じなかったわけだから、池田くんのいうとおり心不全の病態は視野を広げて評価する必要があるのかもしれないわね。

吉永さん
ところで朝比奈先生。
さっきの「5.6cm」ってなんのことだったんですか?

朝比奈先生
実はね、SHIFT試験にさかのぼること・・・、2008年にBEAUTIFUL試験(n=10,917例)が発表されているの。

朝比奈先生
この試験は、安定冠動脈疾患を有する収縮不全心、かつ心拍数≧60bpm、Dd>5.6cmを対象にして、イバブラジン(コララン®)の上乗せ効果を検証したものなのよ。

吉永さん
あれ?
なんかSHIFT試験に似てますね。
欧州でのSHIFT試験は、J-SHIFTと違って虚血性心疾患の症例が多かったですしね。

朝比奈先生
さらにBEATIFUL試験の登録症例のうち、実に87%で既にβ遮断薬が投薬されていたの。
このBEATUFUL試験の結果では、イバブラジン(コララン®)の心血管イベント抑制効果は立証できなかったわ。

吉永さん
SHIFT試験(n=6558例)とかJ-SHIFT試験(n=254例)の患者像が、より頻脈、かつ安定症例ばかりにデザインされているのは、もしかして徐拍化の恩恵を受けやすい群をあえて選定したっていう目論見だった・・・ってことですか?

朝比奈先生
さてね、どうでしょう。

吉永さん
ここまでハナシをふっておいて、ひどいですよ。

吉永さん
でも、SHIFTやJ-SHIFTがBEAUTIFUL試験のリベンジという意味合いだったとしても、いろいろリデザインしても長期予後改善効果を証明できなかったわけですよね。

ということは、やっぱりイバブラジン(コララン®)よりβ遮断薬の方が優先順位が高い、ということなんでしょうね。


朝比奈先生
それはそうなんだけど・・・。

吉永さん
どうしたんですか、朝比奈先生?

朝比奈先生
このへんですこしイバブラジン(コララン®)を擁護するとね・・・。

池田くん
??

朝比奈先生
欧米のSHIFT試験では、心血管系の差がつかなかった、と言ったでしょう?

吉永さん
はい。

朝比奈先生
でも、その後のサブ解析(Böhm et al. Clin Res Cardiol. 2013;102:11-22)をみると、イバブラジン群だと心拍数75bpm以上で有意差が出ているの(p=0.0166;CI 0.71-0.97)。

池田くん
あ、そうだったんですか。

吉永さん
だから、J-SHIFT試験では75bpm以上、という設定にしたんですね。

朝比奈先生
まあ、それでもインパクトの強い結果が得られなかった点については変わりはないし、心拍数50-75bpmの群では有効性が証明されなかった理由が不透明なままなんだけど。

朝比奈先生
でも、解せなかった点の半分が解消されて、すこしスッキリしたわ。

池田くん
えーと、心拍数が多いほど効果が期待できる、ということは・・・。

吉永さん
イバブラジン(コララン®)は、代償性に頻拍化せざるをえない末期心不全を除いて、頻拍による心筋酸素消費量の亢進が生じている症例には有効かもしれないってことですかね。

朝比奈先生
そういうことになるかしら。

朝比奈先生
それとね、J-SHIFTの死亡例の詳細についてなんだけど・・・。

吉永さん
あ、文中でよくわからなかった部分ですね。

朝比奈先生
プラセボ群vsイバブラジン群でみた場合、
心不全による死亡は、4.7% vs 0.8%(6例vs1例)、
不整脈による死亡は、0.8% vs 3.1%(1例vs4例)
だったようね。

池田くん
ど、どうやってわかったんですかっ!?

朝比奈先生
カンタンよ。

吉永さん
??

朝比奈先生
PMDAの審査報告書を閲覧すればイッパツよ。

池田くん
P、PMDA・・・?

吉永さん
『医薬品医療機器総合機構』・・・日本のFDAに提出する審査報告書って、見れるんですか!?

朝比奈先生
あら、知らなかった??
フツーにネット検索で出てくるわよ。

池田くん
し、知りませんでした・・・。

朝比奈先生
ちなみにPMDAは”パンダ”の愛称で親しまれているわよ。

池田くん
は、はあ・・・。

朝比奈先生
SHIFT試験の死亡例の詳細も併記しているんだけど、心不全死の実数をみると、確かにイバブラジン群の方が少ないのよね。

吉永さん
だからサブ解析をすることになったんですね。

朝比奈先生
たぶん、今後は欧州のガイドラインと歩調をあわせて、日本のガイドラインにもイバブラジン(コララン®)の使用が追記されてくると思うわ。

朝比奈先生
けど、エビデンスの中身を十分に吟味したうえで、「現時点ではまずβ遮断薬」というスタンスを忘れないようにしないとね。

吉永さん
わかりました。

池田くん
イバブラジン(コララン®)を使うとしたら、β遮断薬でも不十分な頻拍症例、かつ洞調律の患者群というわけですから、実際の使用シーンはしばらく限定的になるかもしれませんね。

吉永さん
あとは血圧が低くてβ遮断薬を増やせない症例?

池田くん
しかも心拍数が早い症例かな・・・。

吉永さん
・・・。

吉永さん
あ!そうだっ!!

池田くん
なにっ!どうしたの!?

吉永さん
そういえば、
・・・池田くん、あたしのことをズケズケとツッコむ女だと思っていたでしょう!!

池田くん
えっ!!
な、なんでそれを・・・。

吉永さん
顔にかいているのよ!

池田くん
えええっ!!
以心伝心!

朝比奈先生
池田くん、心拍数が上がっているわよ。

池田くん
いや、ちょ、・・・・・・助けてくださいよ!

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