【この記事は、2019年11月13日にUPしました。】
【2023年11月14日に追記しました。】
池田くん
朝比奈先生!これ、見てくださいっ!
朝比奈先生
あら、感心ね。論文を読んでいるの?
吉永さん
明日、抄読会だからお尻に火がついているんですよ。
朝比奈先生
ふだんから論文を読む習慣がついていれば苦労しないのに。
池田くん
そんなにいじめないでくださいよ。
今日はデートの約束があったのに、キャンセルまでしたんですから。
今日はデートの約束があったのに、キャンセルまでしたんですから。
吉永さん
いやだわ、池田くん。ホントはカノジョなんていないのに・・・。
池田くん
それより、すごい報告を見つけたんですよ。
朝比奈先生
?
池田くん
敗血症にβ-ブロッカーを使うと、すごく良く効くようなんです。
朝比奈先生
・・・・・。
池田くん
このMorelliによる論文『Effect of Heart Rate Control With Esmolol on Hemodynamic and Clinical Outcomes in Patients With Septic Shock: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2013 Oct 9』のことなんです。
敗血症の症例に対してβブロッカーを使った群と使わなかった群で、死亡率が49.4% v.s 80.5%と、すごい差が出てるんです。
そして自分なりに計算してみたんですが、そのNNTはなんと3.2なんですっ!
吉永さん
NNT3.2って・・、急性冠症候群へのスタチンの効果よりもすごいんじゃない?
池田くん
こんなにインパクトのあるハナシって、すごいと思いませんか?
朝比奈先生
・・・池田くん。
池田くん
?
朝比奈先生
この報告はたしかにすごい結果なんだけど、いちど立ち止まって、批判的に吟味する必要があるのよ。
池田くん
批判的に?
吉永さん
あ、ダメですよ、朝比奈先生。
吉永さん
池田くん、ナヨナヨしていて、批判とかする度胸もないですから。
池田くん
度胸のモンダイではないだろ・・・。
朝比奈先生
”批判的に”っていうのは、なにも「ケンカ腰になって」というイミではないの。
どんな報告にもlimitationがあるわ。
どんな報告にもlimitationがあるわ。
朝比奈先生
そもそも”医学”という学問は、再現性と精度の観点からいえばすごくファジーな存在なの。
吉永さん
聞いたことがあります。
たとえば物理学は”絶対真理”ですけど、医学は研究対象の患者さんの背景だけでもずいぶんちがった結果になりますもんね。
たとえば物理学は”絶対真理”ですけど、医学は研究対象の患者さんの背景だけでもずいぶんちがった結果になりますもんね。
朝比奈先生
そうよ、吉永さん。
遺伝子レベルでの個体差、統計上の組み入れ基準、観察期間中の脱落やイレギュラーなイベント・・・。研究者の恣意性だって色濃く反映されやすい分野ともいえるわね。
遺伝子レベルでの個体差、統計上の組み入れ基準、観察期間中の脱落やイレギュラーなイベント・・・。研究者の恣意性だって色濃く反映されやすい分野ともいえるわね。
吉永さん
研究費のバックアップが製薬会社から出資されている・・なんてのも、めずらしくないですね。
朝比奈先生
だからこそ、医学統計の論文を読むときは、どういったバイアスがかかっているのか・・・(すこし研究者の立場を擁護した言い方にすれば、バイアスをかけざるをえなかったのか・・・ってことになるんだけど)。
それらを読み手の方がくみ取って解釈しないとならないのよ。
池田くん
なるほど。
朝比奈先生
やってることはアラさがしなんだけど、科学論文としての質をたかめるには、読み手が内容を補完する心構えで吟味することが大切ね。
池田くん
はい、わかりました!。
池田くん
・・・で、
この論文、どこがいけないんでしょう?
この論文、どこがいけないんでしょう?
吉永さん
まっ!他力本願!
池田くん
もう尻に火がついているっていっただろ?
どこに目を向けたらいいのやら・・・。
どこに目を向けたらいいのやら・・・。
朝比奈先生
・・・ナヨナヨしてるわね。
朝比奈先生
とりあえず、backgroundから見直してみたら?
池田くん
はい・・。
池田くん
・・・・・。
池田くん
・・・あれ?
吉永さん
なに?なにかあったの?
池田くん
ここなんだけど・・・。
吉永さん
うーんと・・・。
エスモロール(βブロッカー)群とコントロール(従来治療)群で、敗血症の原疾患に差がありそうね。
エスモロール(βブロッカー)群とコントロール(従来治療)群で、敗血症の原疾患に差がありそうね。
朝比奈先生
ためしに、カンタンな2×2表で検討してみましょうか。
腹膜炎あり | 腹膜炎なし | 計 | |
エスモロール群 | 21 | 56 | 77 |
コントロール群 | 30 | 27 | 77 |
池田くん
コントロール群のほうで腹膜炎の症例が多いじゃないか!
朝比奈先生
臨床感覚からいっても、肺炎より腹膜炎のほうが厄介よね。
吉永さん
膿瘍化しているかもしれませんしね。
起因菌だって、強力なグラム陰性菌だったりするんじゃないですか。
起因菌だって、強力なグラム陰性菌だったりするんじゃないですか。
池田くん
つまり、βブロッカー群で予後が良かったんじゃなくて、コントロール群で予後が悪すぎた・・、だから両群に差がついたってことですか。
朝比奈先生
そもそも死亡率80%だもんね。
ちょっと高すぎる気がするわよね。
ちょっと高すぎる気がするわよね。
池田くん
ランダム化しているハズなのに患者背景でこういう差が生じてしまうと、結果にもひびいてしまうかもしれません。
朝比奈先生
もっとも、βブロッカー群ではクレブシエラ菌が多そうなんだけど、本文の最後の記述に
「ローマの風土病である多剤耐性のクレブシエラがバイアスをかけた可能性がある」
という内容のことが書かれているから、βブロッカー群もそれなりに苦労はしたんだと思うけど。
「ローマの風土病である多剤耐性のクレブシエラがバイアスをかけた可能性がある」
という内容のことが書かれているから、βブロッカー群もそれなりに苦労はしたんだと思うけど。
吉永さん
この敗血症の死亡率って、フツーはどのくらいになるんでしょうか?
池田くん
そうだね。
この対象となった患者像は、
”平均血圧65mmHg以上を保つようにノルアドレナリンを投与しつつ、人工呼吸器管理を余儀なくされている症例”
ってことになっているから、重症な敗血症の患者さんたちのハズなんだけど・・・。
この対象となった患者像は、
”平均血圧65mmHg以上を保つようにノルアドレナリンを投与しつつ、人工呼吸器管理を余儀なくされている症例”
ってことになっているから、重症な敗血症の患者さんたちのハズなんだけど・・・。
朝比奈先生
じゃあ、すこしお遊びとしてコントロール群の標準的な死亡率を推定してみましょうか。
池田くん
?
朝比奈先生
敗血症の重症度評価のスコアって色々あるじゃない?
吉永さん
ええ。
APACHEとかですよね。
APACHEとかですよね。
朝比奈先生
たとえば、この論文はノルアドレナリンやレスピレーターまで使用する重症な敗血症の症例を対象にしているわ。
Tableをみても、血小板数も下がっているし、ビリルビン値も心もとないわね。
Tableをみても、血小板数も下がっているし、ビリルビン値も心もとないわね。
吉永さん
臓器障害がきているってことですか?
朝比奈先生
そのとおり。
そこで、この論文の症例をSOFAスコアに代入してみましょう。
そこで、この論文の症例をSOFAスコアに代入してみましょう。
池田くん
でも、SOFAスコアって、意識レベルのGCSなんかもスコア指標ですよね。
そういうのは論文には記載されていないんですが・・・。
そういうのは論文には記載されていないんですが・・・。
朝比奈先生
みんなセデーションしているから、意識レベルは評価できないわ。
レスピレーター管理ということで、一律「GCS6未満」ってことにしてみましょう。
レスピレーター管理ということで、一律「GCS6未満」ってことにしてみましょう。
吉永さん
ああ、なるほど。
先生の主観が入るから、”お遊び”っておっしゃったんですね?
先生の主観が入るから、”お遊び”っておっしゃったんですね?
朝比奈先生
こんな風にしてSOFAスコアに当てはめてみると・・・。
池田くん
両方とも、SOFAスコア10点になりました!
朝比奈先生
このスコアから予後を推定してみると・・・。
吉永さん
えーと・・・どうするんですか?
朝比奈先生
SOFAでの予後予測能評価には色々報告があって、ROC曲線で高い感度と特異度を示した報告もあるわ(Moreno R et al. Intensive Care Med. 1999 Jul;25(7):686-96.)。
ICUでの死亡確率Rは、
で算出されるの。
ICUでの死亡確率Rは、
で算出されるの。
吉永さん
eのlogitの上付きって、指数関数ですか?
わたし、超ニガテなんですが・・・。
わたし、超ニガテなんですが・・・。
朝比奈先生
ふふ。その計算式を表示すると、こんな感じになるわ。
池田くん
うぎゃー!!
吉永さん
たいへん!池田くんが眼球上転していますっ!
朝比奈先生
心配いらないわ。
わたしだって、こんな複雑な計算したくないもの。
わたしだって、こんな複雑な計算したくないもの。
朝比奈先生
ちょっとズルをしましょう。
池田くん
??
朝比奈先生
このテの複雑な計算は、エクセルで設定してもいいんだけど、もっとお手軽に計算サイトを利用しましょう。
吉永さん
計算サイト?
インターネットですか?
インターネットですか?
朝比奈先生
いくつか種類があるんだけど、このcasioの高精度計算サイトKE!SANだとラクにできるわ。
吉永さん
すごいですね。
随時尿での塩分推定式まで計算できちゃうんですね。
随時尿での塩分推定式まで計算できちゃうんですね。
朝比奈先生
これで先ほどの指数関数を計算してみると・・・。
池田くん
えーと、TMSって、もっとも状態不良時のSOFAスコアのことですから、今回は10点を代入するんですよね・・・。
吉永さん
・・・・・。
吉永さん
あれ?
池田くん
死亡率が約22%・・・?
朝比奈先生
・・・。
吉永さん
朝比奈先生、SOFAスコア通りであれば、control群の死亡率が22%ってことは・・・
朝比奈先生
そうね。
エスモロール群、つまり短時間作用型βブロッカーを使った群の死亡率49%を下回ってるわね。
エスモロール群、つまり短時間作用型βブロッカーを使った群の死亡率49%を下回ってるわね。
吉永さん
じゃあ、、βブロッカー群の方が予後不良じゃないですかっ!
池田くん
ガーン・・・!!
朝比奈先生
うーんと、一概にそう断言しきれないのよね。
今回のこのstudyにおいては、コントロール群の死亡率が妙に多かったのがそもそもの問題なの。
朝比奈先生
つまり、このエスモロールを使用した試験での真の結論というのは、致死率80%の敗血症を相手どったとき、致死率を50%くらいに下げられたっていうハナシに過ぎないのよ。
吉永さん
致死率50%も相当な数ですけどね。
朝比奈先生
今回は指数関数を使ってSOFAスコア相当のコントロール群の死亡率を推測してみたけど、2002年のメタ解析(Junger A, re al. Crit Care Med. 2002 Feb;30(2):338-42)にのっとれば、SOFAスコア10点の死亡率は69%ということになるわ。
吉永さん
えっと、今度はまた逆転しましたね。
池田くん
SOFAスコア10点相当の死亡率が69%だと仮定すれば、エスモロール群の方が有効だということになりますね。
朝比奈先生
そう。
その場合のNNTは、5.2。池田くんが計算した結果よりも若干数字が高くなったけど、それでも驚異的な値よね。
その場合のNNTは、5.2。池田くんが計算した結果よりも若干数字が高くなったけど、それでも驚異的な値よね。
吉永さん
コントロール群の死亡率がどの程度かによって、Esmorol群の真価が問われるっていう解釈でいいんでしょうか?
朝比奈先生
そうね。
すくなくとも、今回のstudyだけでは「敗血症にβ遮断薬は断然有効!」とまでは言えないわ。
すくなくとも、今回のstudyだけでは「敗血症にβ遮断薬は断然有効!」とまでは言えないわ。
朝比奈先生
心拍数を落とした方が、”心筋の酸素需要量が減って予後改善につながる”という理屈はわかるんだけど、最近のイバブラジンのSHIFT試験結果とかみる限り、単純に心拍数さえ落とせばいいというものでもなさそうだし・・・。
吉永さん
今後の知見に期待するってところですか。
池田くん
当たりさわりのない締めくくりですね。
※2023年10月25日ノルアドレナリンを要する敗血症症例に対するランジオロールの効能を調べたSTRESS-L試験では、ランジオロール群で死亡率37%(標準治療群では25%)という結果が出てしまい、臨床試験が中止となった。