この記事は、2018年10月23日に更新しました。
プライマリケアの場でしばしば遭遇する疾患として、『気管支喘息』は外せませんね。
しかし、『気管支喘息』をきちんと確定診断し、治療を行うことが出来ているでしょうか?
なんとなくwheezeを聴取したから「喘息だね」などと決めつけてはいないでしょうか?
延々とテオフィリン製剤やホクナリンテープの単独投与でお茶を濁してはいないでしょうか?
この章では、『気管支喘息』と診断された症例に対して、誰もが感じたことのあるモヤモヤしたものについて言及していきます。
ガイドラインでは、気管支喘息は、”慢性的にジワジワと気道が痛めつけられ、可逆性の気流制限を示すもの”と定義されています。
必ずしも”アレルギーによる”という具体的な文言は記載されていません。
ですが、慢性炎症の本態は自己免疫性疾患である例がほとんどですし、喘息の診断補助として喀痰好酸球や血清IgEの測定が有用とされている点からも、
「狭義の気管支喘息は、アレルギー性疾患である」
という解釈におおむね異論はないと思われます。
その一方で、臨床の現場ではどの程度アレルギーの検索がなされているでしょうか?
たとえば、高齢者ほど肺炎や気管支炎で通院ないし入院を要する例が多いわけですが、一過性の喘息様気管支炎に対して、気管支喘息と診断されてしまい、漫然と気管支拡張薬が処方され続けているケースはないでしょうか?
それを示すデータが存在しないため、臨床上の実感でもって語るしかないのが歯がゆいところですが、『気管支喘息』と診断されることによる患者さん側のデメリットもよく考えておく必要があると思います。
-1. ポリファーマシーの問題
まず、ポリファーマシーの問題です。
当然、一過性の気流制限が起きただけで、慢性炎症が存在しない症例は、気管支喘息ではありません。
したがって、 「たった一度だけ咳こんだ」 というだけで、吸入ステロイドや気管支拡張薬が漫然と処方されるのは戒められなければなりません。
とくに気管支拡張薬は、頻脈の原因になるばかりか、ホクナリンテープの単独投与は推奨されていないこともチェックしておくべきでしょう。
-2. 造影検査の際に、不要な前処置を加えられる
次に、ヨード造影検査の際に、前処置を加えられてしまう点です。
気管支喘息の既往のある患者へのヨード造影剤投与は、気管支喘息の無い患者への投与例に比べて、重篤な副作用が生じるリスク(オッズ比)が10.1とされています。
ゆえに、ほとんどの医療施設では造影検査の数時間前にステロイドの前投与を実施しています。
ところが、そもそも気管支喘息症例でなければ、このステロイドの前処置はまったくの無駄となります。
患者サイドにとっても、医療者サイドにとっても、余計な手間と費用、ステロイドの弊害リスクが増えるだけでしょう。
日常的に造影剤を使用する診療科のDrであれば、ステロイド前処置について大なり小なりストレスや疑問を感じられたことがあるかもしれませんね。
「この患者、ホントに喘息なのかな?」
・・・と。
-3. 社会上の不利益 ~保険加入できない恐れ~
医学的ではありませんが、患者サイドに立って考えた場合に、無視できない話題なので記載します。
医師は診断基準にのっとって、『気管支喘息』と診断しますが、患者サイドにとっては大きな経済的不利益になることがあります。
代表的な例では、保険の加入に制限が加わる点です。
一戸建てのマイホームを建てようという場合に、大抵は”団体信用生命保険(団信保険)”に加入します。
団信保険とは、家主の身になにかあった場合、ローンの返済を減額ないし免除する制度です。
一家が路頭に迷うことのないよう、住宅ローンを組む際には、この団信保険に加入することが条件になります(少数の例外はあります)。
団信の中にも様々なプランがありますが、当然ながらもっとも有利なプランを選択したいところです。
ですが、『気管支喘息』を持病として有していると、選択できるプランが大きく制限されてしまいます。
もしくは、加入そのものを断られてしまうかもしれません。
適切に診断を下して適切な治療を施す・・・のは、医療者側の当然の責務ですから、まったくためらう必要はありません。
むしろ、真の気管支喘息症例を無治療のままとしておく方が悪でしょう。
問題なのは、 「気管支喘息ではないのに、うかつに早まった診断をくだしてしまう」 という例です。
一時的に喘鳴が聞こえたというだけで、「あなたは喘息」と診断書を発行してしまうと、その患者さんには生涯をかけての大きな不利益を与えてしまうかもしれません。
診断書を発行する作業は、医師にとって雑用のひとつと認識されている方もいらっしゃいますが、その紙一枚で患者さんの経済状況が左右されうるのだということを肝に銘じておかねばなりません。
・・・とはいえ、異動などで外来患者さんを急に引き継いだだけで、過去の詳しい経過を把握しきれていないドクターも多いでしょう。
「今までのレシピを崩して、万が一状態を悪くしたら嫌だな」 という不安感を抱くのもよくわかります。
”ヤブヘビを招く”という苦い経験経験をされた方もいるでしょう。
それでも、上記に挙げたような患者サイドへの不利益は看過できません。
いまいちど、喘鳴当時のカルテ内容や検査記録をひもといて、”アレルギーを代表とする慢性炎症”がきちんと検索されているかどうか、見直してみてもよいのではないでしょうか。
そのために、非専門医も疾患に対する理解を深めていきましょう。
『喘息治療薬の考え方、使い方』
本書は、気管支喘息の初学者向けの書籍としては傑作に値すると思います。
会話形式で構成されており、気管支喘息の概念の学び直しから、現代のステロイド療法の重要性などが丁寧に解説されています。
研修医はもちろんですが、非呼吸器内科医がプライマリケアの場で喘息患者を診察しなければならないという場合(外勤先など)、本書で得た知識が大いに役立ってくれるでしょう。
気管支喘息症例に対する吸入ステロイドの重要性は異論の無いところかと思います。
しかし、時に初学者がやりがちなのが ”吸入できない患者に処方してしまうこと” です。
吸入ステロイド薬は決して安価ではありません。
レルベア200などは6600円前後、シムビコート60は5800円前後で、そこそこ高級なお店での食事並の値段です。
「処方はされたものの、吸入できずに無駄な薬代を払わなければならなくなった(処方する側もそれに気が付かず、do処方し続ける・・・)」 なんていうことは避けたいものです。